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主筆:川津昌作
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書評「テクノロジーの世界経済史」 

〈2021年10月15日〉

研究論文の書評はある意味論文の紹介になるが、書籍の書評は、内 容によっては書籍のネタバレになり、配慮しなくてはならない。こ の書籍は、経済に限らず、幅広く社会科学として広く一般の人が是 非読むべきと考えるが、500ページ超の大作で挫折人も多いよう だ。それを助けるために購読の導入として、あえてこのペーパー上 で私どもの書評紹介する。

「テクノロジーの世界経済史“THE TECHNOLOGY TRAP”」2020 
カール・B・フレイ著 村井章子他訳 日経BP


この書籍は親切に各所にまとめが設けられている。最近はAmazon で書評が多く公表され、その多くはネタバレにまで深く踏み入って いる。確かにこのペーパーの紹介も含めて、それだけ読んでもある 程度の内容の把握はできる。しかし、そのような読み方は伝聞に等 しく、時を経ず忘れ去られてしまう。

やはり豊富な裏付けである内容を読んで、どうしてそのような結論 に至ったかを理解することが、本当の理解となると考える。興味を 持たれた方は、その裏付けとして是非本文を読んでいいただきた い。このペーペー上の議論により関係者の読書の一助となれば幸い である。

この書籍は、イギリスの産業革命(18世紀半ば-19世紀)を起点と する、歴史上において産業の技術革新が社会にどのように影響し、 社会に何をもたらしたかを史実とともに、カール・B・フレイ(以 下筆者)なりに解き明かした社会科学論である。単なる技術論では ない。

今回は書籍の内容に私どもの所見を加味しながら書評していく。イ ギリスで産業革命が起きたことによって、まずイギリス社会では失 業者が増え経済の停滞に陥った。それがなぜそれば現代史上の産業 革命の象徴になったのか?それはなぜイギリスで産業革命が起きた かという単純な疑問から始まる。

結論からさかのぼって説明すると、産業革命時に生じた技術革新は 「労働置換型技術革新」と「労働補完型技術革新」に分けられる。 前者はそれまで人が手作業で行っていた仕事の「自動化」と呼ばれ る変革をもたらすものである。

例えば、イギリスの産業革命では、それまで撚糸(ねんし)と呼ば れる糸を撚(よ)る作業は、人が片手で歯車を回しながらもう片手 で糸を撚り、一本の糸巻き束(スピンドル)を作っていた。それが 機械化し、更にその機械化が水力さらには電力による動力で大量に 生産されるようになった。

私どもの所見で産業革命の期間を定義すると、1733年にまず“飛 び杼”が登場し、1764年ジェニー紡績機が完成する。これが改良 され1779年ミュール紡績機が登場する。しかしこの時点ではまだ 手動式であった。1776年にワットによる蒸気機関が開発される。

この蒸気機関による動力による自動ミュール機が特許を取るのが 1825年である。つまり産業革命は紡績機の自動化を見ても大体3 四半世紀75年の期間を要している。書籍では80年としている。

ちなみに、この手動ミュール紡績機と自動ミュール紡績機の実物機 は、名古屋の産業技術記念館でみることができる。運が良ければ稼 働の実演も見ることができる。産業“革命”という言葉は一瞬にし て新旧が入れ替わるイメージがある。

しかしこの75年間、労働世代3代またがる期間に起きた「技術進 化は一言で言うと男のロマンである。」ぜひご覧いただきたい。説

明によると、現在大阪の船場の紡績工場で自動ミュール機が現役で 稼働しているという。

産業革命では同じ量の糸巻き束をそれまで、仮に、人の手で100人 で生産していた量を、機械式の動力化した撚糸機械で10人で生産 するようになったとしよう。その10人は、それまで非熟練労働者 であった、女子供で十分であったのである。

その結果それまで熟練労働者と呼ばれていた人が、職を失い失業す る。産業革命初期のイギリスでは、このような労働置換技術の発明 により大量の失業者を生み続けた。一方で産業資本家が大儲けを し、他方で大量の失業者を生む続ける格差社会の登場である。

これが当時のイギリス社会の停滞である。このような仕事の自動化 による大量の失業は他の国でも起き、同様に社会問題化した。その 結果ラダイト運動と呼ばれる機械破壊運動が起きるようになる。特 にイギリス以外の政権では、大量の失業による社会の停滞を止める ため、失業者の要求を受け入れて、自動化をむしろ阻止する側に寄 り添いだす。

自動化によって、失業する労働者はそれまでの撚糸産業の熟練労働 者たちである。つまり当時の熟練労働の高額所得者が職を失い、単 純作業ができる非熟練労働者にとってかわられたのである。

しかし、更に自動化が進むと、高度化する自動化機械を管理する熟 練労働が新たに生まれてくる。これが労働補完型技術革新であっ た。上記で言及した、名古屋の産業技術記念館の自動ミュール紡績 機の実演を見るとわかりやすい。自動とはいえほっといても製品が 出来上がる機械任せではなく、ある意味別の機械・動力に精通した スキルが必要となる。

紹介した、大阪の稼働している自動ミュール紡績機は見せてもらえ ないそうだ。稼働自体、現代でも通じる職人的な技術を要するよう だ。産業技術記念館の学芸員は豊田自動織機の職員が兼ねている。 彼らでも見せてもらえない相克があるくらいだ。

この新熟練労働に就く人はそれなりに所得も高くなる。産業の自動 化が拡大するにつれて新熟練労働者が増え、やがて彼らによる所得 も増えだし、それが消費に回り社会が成長しだす。

当時のイギリス社会で言えば、農業産業中心の地主層が政権の中心 にいた時代から、新しい技術が新しい所得をもたらすことに気が付 き、それに向かいジェントリーなどのエリート社会に移行した時代 である。産業革命が登場した18世紀半ばから、このような時代に なる19世紀まで実に人の労働人生3代に相当する時間を要したわ けだ。

多くの他の諸国が、産業の自動化の過程で失業者を大量に生み社会 が停滞する状況を阻止しようと、反自動化に理解を示す政権にな り、自動化自体を遅らせていった。その中でイギリスはいち早く、 自動化を進めればやがて社会が大きく成長しだすことに気が付き、 自動化を進める側、新熟練労働者側に政権がたった。

そもそも撚糸の機械化の設計自体は、イタリアのピエモンテで書か れたものだと書籍でも紹介している。にもかかわらずイタリア、フ ランスなどでは自動化に反対し産業革命は起きなかったことにな る。

イギリスに持ち込まれただけの理由ではなく、新熟練労働者の拡大 を社会が認め、政権がそちらに寄り添い、自動化が阻止されること なく進化したことが、イギリスで産業革命が起きた理由であると、 この書籍は指摘している。

筆者は、ひらめきの発明だけで産業革命が起きるのではない。それ が実効性を有する社会であることが必要であるとしている。なるほ ど、現代社会をみても、この実効性をマーケティングなどの技術で 補っているわけだ。例えばIphoneの技術がそれを証明している。

イギリスの産業革命では、まず労働置換型技術革新により大量の失 業をうみ社会が停滞した。しかしその自動化を止めなかったことに より新しい新熟練労働者(ブルカラー)が生まれ所得が拡大した。

さて、その次に第二次産業革命(筆者の定義)が起きる。ここでは 上記の新熟練労働者も多くなり、やがて次なる自動化で彼らもまた 一般的な労働者になる過程で、彼らを管理する管理者(ホワイトカ ラー)が登場する。*第二次産業革命にはいろんな定義が存在す る。ここでは1960年以降のホワイトカラーの登場を意味する。

ブルカラーの熟練労働者に加え、更なる新熟練労働者であるホワイ トカラーと呼ばれる労働者が登場することにより、それまでの裕福 な資本家と失業している下層社会の二極ではない、新たな中流社会 が形成されることになる。この中流社会の登場により、民主主義の 世界覇権が当然のごとく望まれるようになる。

歴史家フランシス・フクヤマによる民主主義の勝利宣言が高らかに なされ。冷戦の終結が明らかになり、戦争から復興した日本、ドイ ツが民主主義の成功の象徴として表舞台に登場しだした、民主主義 の隆盛期であった。

ホワイトカラーと言う新熟練労働者により、新しい消費が生まれ、 新しい社会経済が回りだした。しかしそれも又1980年代になる と、IT化、デジタル化による次なる自動化が始まりだす。

デジタル化による新たな自動化は、ホワイトカラーと呼ばれた新熟 練労働者もどんどん失業させていくことになる。エクセルなどの表 計算ソフトの登場は、それまでの管理職の伝票処理業務などは単な る非熟練労働の間接業務に移行していった。

この時代、日本でも会計事務所のクライアントの帳面付け業務が、 海外に移転して安い労働力でデジタルインプット業務のオフショア 化していった。会計事務職員の失業が懸念され、税理士自体が将来 無くなる職士ではないかと懸念された。

これが社会で明らかに顕在化し始めるが、日本のバブル経済の破 綻、アメリカのITバブルの破綻を経た2000年代である。

アメリカのアラン・グリーンスパーン連邦準備理事会FRB議長が、 頭を抱えどうして長期金利が低いままなのだと悩ませた時だ。西側 諸国の低成長時代が始まりだす。民主主義を謳歌し、OECDと言う 金持ちグループの先進諸国クラブを作りあげた世界中の中流層労働 者が、デジタル化と言う自動化によって失業のリスクにさらされ始 めた。

著名なエコノミストが、日本の「失われた10年、20年」を嘆 き、先進諸国も「少子高齢化」「低成長時代」を懸念しだした。グ ローバル経済が「長期景気停滞均衡」に陥り、「生産性の罠」「技術 革新の罠」、悪性の「デフレ経済」が連呼される現在の社会の停滞 である。

筆者は現在の世界経済の状況を、イギリス産業革命初期の労働置換 型技術革新による自動化により、それまでの熟練労働者が大量に失 業しだした現象と同じだと指摘する。これまでの筆者の主張で考え ると、デジタル自動化が1980年におきたとして、現在すでに40年 の歳月がたっているが、次の成長までにはまだ35年要することに なる。

デジタルによる自動化は、現代の中流社会の多くの人たちを失業者 におとしめて、中流社会の崩壊に向かわしていることになる。中流 社会が崩壊すれば、中流社会の中心的なイデオロギー民主主義もほ ころび始める。

そして、このまさに失業するもしくはその懸念がある中流社会の労 働者たちの要求こそが現代のポピュリズムである。その没落しよう とする中流社会に寄り添おうとする政権が世界中で登場している。 筆者はアメリカの失業が増加しているアメリカのラストベルトに寄 り添い、支持を取り付けようとしている政権を例に説明している。

筆者の説明で考えると、歴史上「イギリスの産業革命」と称えられ たように、将来称えられるであろう新しい産業革命の冠となる国 も、自動化によって落ちぶれる労働者ではなく、自動化によって新 たに生まれる新熟練労働者に寄り添う政権を樹立する国となる。

以上がこの書籍の理論骨格であるが、この書籍の優れたところは、 歴史上の学習を未来に生かそうとしているところだ。もちろん未来 のことであるから、過去の歴史と違って多くの異論はある。しかし 読者に未来を考察させるところが重要である。

まず話を戻して重要なことは、産業革命の自動化によって失業する 人と、新たな自動化が生み出す新熟練労働者とは、残念なことに違 う人であるとしている。ちなみに書籍では、どのような職種が自動 化されないかも言及している。そして産業革命は上記で説明したよ うに労働世代の三世代あまりの期間を要している。

この期間、失業者は熟練労働者にならない限り一生失業であり、そ の子供もやはり下層社会から抜け出せず、さらにその又子供の世代 になりようやく、新しい労働者になる可能性があると言う事にな る。

書籍では、中流社会が形成される時代を経済の下から上への移動 性、逆に中流社会の崩壊はその「大反転」と言う言葉で説明してい る。筆者の説明を引用すると、アメリカのある都市で1970年代ま でのブルカラーの増加で人口が53%増加した。その後1990年代か ら20年で人口が17%減ってきている。

ブルカラー職が減少すれば、地元商店街が衰退し、人々がいなくな り町が成り立たなくなる。親が失業すれば、その子は高学歴につけ ず、当然新熟練労働にもつけない。子供のころからすでに将来が決 められてしまう。格差社会の構図である。

親はお酒におぼれ、高額医療費が受けられなくなり、社会福祉コス トが増える。同時に子供たちは若くして職に就かず未来に希望を持 てず、立ち止まってしまう。将来に望みがなくなれば子供を産む状 況にはなくなる。「婚外子が増えだす(注:もしこの表現を日本の 状況として書けば、婚外子に対する差別表現として大炎上するだろ う。あくまでこれは筆者のアメリカの説明で使われている表現の引 用である。)。」

今の日本を見ても筆者の言う事が理解できるはずだ。東京大学でな くても高学歴で、熟練労働力になりうるためには、高額の教育費を 要する。地方から東京の六大学に通わせるためには、おそらく地方 の名士ぐらいでないと難しい現状だ。今の日本でも将来を見出せな い若い世代が増え始めている。

筆者が著書で最後に訴えていることは、産業革命の初期には必ず失 業者による短期的停滞が生まれる。しかしそれにあがない自動化を 止めてしまうことなく、さらに自動化を進めることによってはじめ て新しい熟練労働需要が生まれ長期的な経済が成長しだす。

しかしこの短期は、過去の産業革命を見ても80年かかる。この停 滞期間を持ちこたえなければ産業革命は起きないと主張しているわ けだ。そして現在がまさにデジタル化の自動化により、中流社会の ホワイトカラーが失業している真っただ中あるわけだ。

ここで使われている「デジタル自動化」は社会のデジタル化であ り、産業革命というより社会革命の広義で考える必要があるだろ う。アナログからデジタル化だけでなく、炭素燃焼社会からグリー ン社会と言った革命を包含して、失業する中流社会、新たに登場す る熟練労働階層の移行期間と考えるべきだろう。

でこの期間をどう乗り越えるかが、まさに現代社会の問題でもある わけだ。著者は、この解決として、教育、再訓練、税制、規制改 革、転居、住宅用途規制、インフラ整備、再開発・・・・に踏み込 んでいる。ここから先は本を読んで皆さん考えてもらいたい。

これは現代民主主義に突き付けられた問題提起でもある。ただ失業 者、格差の現実にだけスポットを当て自動化にあがない、先を見な いと、ポピュリズム、非民主主義、反資本主義の波に飲み込まれて しまう。

著者の主張は、自動化の技術革新は止めてはいけない。止めれば産 業革命は起きないとしている。そして私どもからメッセージは、こ の書籍から、どのような新しい熟練労働者になり、生き残らなけれ ばならないかを考える必要があるということである。 所詮アングロ・サクソンの世界の話ではあるが。

以上

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