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主筆:川津昌作
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日本不動産金融工学学会の変遷にみる不動産市場の進化

〈2021年2月10日〉

2021年度の日本不動産金融工学学会学術大会が過日リモートで開催さ れた。まず先に2000年に設立されたこの学会の設立趣意書の一部 を下記に紹介する。今回はこの学会の内容がどのように変わりして きているかを検証する。

  「日本不動産金融工学学会(ジャレフ)は、広い意味での不動産市 場、不動産金融、不動産資産価格や、 不動産開発とその経済的・ 金融的意思決定に係わる実証的領域を研究対象とし、産学官にわた る多くの この領域の研究者・分析者が自由闊達な意見交換、情報 交換、研究交流および研究発表するための 学術組織とする。」

  筆者も、古くからこの学会に所属し、実務論文も投稿したりしてア クティブに参加したほうであった。参加した当初、学会の主流は不 動産ファイナンス研究であった。不動産価格つまり不動産価値の将 来予測を、数理的に処理をして、把握するものであった。

  結論から申し上げると、今回の大会では、まさに対象となる不動産 の概念が全く変わってしまった。不動産とはデータの塊であり、現 在、市場ではそのデータを処理するビジネスモデルの開発競争が激 しく行われており、この学会においてもその先端を競う内容になっ ている。

  今回の大会の内容を3つのセクターで紹介すると、まず最初に、ゲ ストスピーカーのペンシルベニア州立大の吉田二郎先生の報告が斬 新であった。吉田先生はそもそも日本が誇る世界に通じる不動産研 究の先端を行く人である。この先生がコロナ禍が幸いしてZOOMに より学会にアメリカから参加された。

  先生の報告は、Amazonの本社移転に伴う、ニューヨーク、バージ ニアの土地価格ショックに関する研究報告である。この研究報告 も、従来見慣れなかった現象を検証する、不動産投資市場の有識者 にとっては非常に役立つ知見であり、近いうちに当ニュースレター でも論文書評として取り上げたい。

  次に学会会長講演であるが、テーマが、ESG(環境社会投資)が不 動産投資にダブルボトムライン効果があるかどうか?に関する報告 であった。ダブルボトムライン効果とは最終的に価格に影響をもた らすものである。そのリスクファクターがESGという着眼点であ る。

  報告の内容では、2015年までの報告ではこのダブル効果はないと いう研究が多かったが、2018年以降ダブル効果があるという研究 が増えてきているというものである。いよいよと言うか、遅まきな がらと言うか、ESGが金融工学上の重要なパラメーターとして登場 してきたわけだ。

  最後に、金融工学会の学会賞に、ベンチャービジネスを対象とする 賞が新しく登場し、その会員投票が行われるシステムが設けられて いた。ファイナンスのモデル数式の開発を従来の研究としてきた学 会が様変わりして、その主流が不動産フィンテックのビジネスモデ ルのベンチャービジネスを競う場所になってきたわけだ。

  不動産フィンテックとは、一般の方に今一番なじみのあるものとし ては、不動産契約のリモートビジネスなどがあげられるだろう。今 先端を走っている不動産ビジネスの技術革新はこのような単なるリ モートだけではない。

  前回のニュースレターで取り上げたが、不動産には様々な地理情報 が関連しており、それデータのインテグレーションこそが新しいフ ィンテックビジネスにもなりえるわけだ。

  学会で報告されるベンチャービジネス関連に関しては公開の制約が あり、従来の学会報告のように、報告内容を簡単に紹介できない部 分があり、ここですべてを紹介するわけにはいかないが、考え方 は、不動産は資産ではなくデータの塊だということである。

  昔昔、その昔、約20年ほど前までは、「土地とは何か?」「土地の 本質は何か?」を一般人に説明するときに持ち出す話であるが、土 地の本質を知ろうとして、土地を細分化して顕微鏡でその土の成 分、地質に至るまで調べても、土地という概念の本質はなにも理解 できない。

  例えば、時計の本質は何かというときに、時計を分解して、内蔵さ れている歯車の機能、金属の質を調べても、時計の本質は理解でき ない。時計は時を告げる概念を具現化する道具であるからだ。

  同様に、土地は不動産であり、不動産は生態活動、生活・経済活 動、地球環境のエコロジーシステムなどの多様な機能を具現化する ための集合概念である。土地は不動産という概念の媒体でしかな い。

  しかし、それも古いわけだ。これから不動産の本質とは?と問われ たらデータの塊である答えなくてはならないだろう。様々な用途で 使われることによって得られる効用で説明される概念であったもの が、時代はその効用をデータで説明する時代になってきたわけだ。

  前回のニュースレターで取り上げた地理情報だけでなく、経済活動 のデータ、生活行動のデータ、地球環境の科学データの塊である。 そして今、このデータを解析して価値を生むビジネスモデルを開発 することが新しいベンチャーとして競い合っているわけだ。

  一つ例を挙げれば、法務局にある登記情報が仮に日本全体で何千万 件あろうが、今のビックデータ解析能力からすれば大したデータ処 理量ではないわけだ。現実に登記情報を取り込んで、アルゴリズム で多方面から解析し、そこからあらゆるお金の流れを割り出し、マ ーケティング戦略を立てようとするベンチャービジネスがすでに台 頭してきている。

  従来のデータビジネスとの違いは、例えば東京カンテイという会社 は不動産ビジネスに関係している人ならだれでもご存じだろう。日 本中にある大方のマンションを、売買事例に基づく価格評価を行 い、それを誰でもが簡単にネットでアクセスできるビジネスを行っ ている。頼みもしないのに自分のマンションの価格がネット上に出 ていることすらある。

  しかし、新しいデータビジネスは、静的なある時点の価格データつ まり常態を説明するだけでなく、不動産売買の流れ、その価格の変 動から、資産の動き、お金の流れなどの消費行動、介在活動の変化 の予測を行おうとしている。変化から将来「予測」をしようとして いる。この予測が予知に代わるときシンギュラリティ現象となるの だろう。

  不動産ビジネスの5年後、10年後は全く違う景色になっているだ ろう。従来の不動産ビジネスの主流はマッチングとクロージングで ある。これらはいずれ、進化した検索エンジンといずれ開発される ブロックチェーンによる電子登記、金融代行会社にさせればできる ものだ。

  ビジネスは、予測からさらに予知が可能なプラットフォームの構築 に向かい、そのプラットフォーム上ですべて不動産ビジネスが囲い 込まれてしまうのだろう。

  このプラットフォームの構築過程で、当然データインフラの整備が 待たれるところであった。例えば個人情報のプラットフォームにな るであろうマイナンバー制度と同じようなものである。

  しかしこの個人情報のプラットフォームは、すでに10年以上前か ら構想され、多額の投資がされ試行錯誤されてきたが、いまだに構 築できていない。これと同じような不動産資産の背番号制もすでに 古くから議論されてきたが、いまだに構想すらできていない。

  我々がそろそろ気づかなくてはならない点は、地球温暖化問題が国 連などのパネルでは解決できないのと同様に、縦割り行政の現況制 度下で、横断的な行政プラットフォームはできないということだ。

  そして、この不動産資産の背番号制のシステムを構築しつつあるベ ンチャービジネスが、すでに登場しているということだ。グローバ ルIT企業GAFAにしても、公的なインフラ整備を待つのではなく、 むしろ公的なインフラ整備の手薄をついて市場を制しているわけ だ。

  昨今、日本でもデータサイエンスに対する関心は非常に高くなって きている。一部大学でもデータサイエンス学部を創設した大学が、 学生の人気度を上げている。しかしこれらの日本のデータサイエン スも公的なインフラ整備の上の構想である。これではこれからの市 場を制するどころか、市場を創造することすらできないだろう。

  データビジネスのターゲットとして考えるに、データの宝庫であ り、公的なデータインフラの整備が立ち遅れている分野は、まさに 不動産ビジネスであろう。

  表題の件に戻るが、日本の不動産リテラシーの低さは、そもそも大 学教育制度にあった。2000兆円ともいわれる国富である不動産資 産に対する教育が、完全に立ち遅れていた。しかし現在に至るに明 海大学、早稲田大学はじめいくつかの大学、社会人大学院などで不 動産資産の研究育成を取り上げてきた功績はおおきい。

  特に、金融工学の概念を日本で先駆的に立ち上げ、金融工学学会を 立ち上げた川口有一郎教授が研究科長を務めた、早稲田大学大学院 のファイナンス課程は、先駆的に不動産の価値変動の数量的研究い わゆるファイナンスを立ち上げ、さらに現在のデータデジタルビジ ネス研究をけん引し、多くのベンチャーを輩出しようとしている。 その系譜がまさに日本不動産金融工学学会の変遷であったといえよ う。

 

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