ニュースレター

主筆:川津昌作
名古屋の不動産何でも相談室がお送りする、不動産・ビジネスに関するニュースレター「名古屋ビジネス情報」へのご登録ありがとうございます。
不動産にとどまらず、名古屋のビジネス情報、街づくり話題、不動産経済、市場トレンドに関するニュース、物件情報など時代の変遷とともに広くお伝えしています。

特記事項 弊社ニュースレターは、弊社の関係者及びお得意様に限定して、不動産ビジネスを行う上で注目すべきテーマをタイムリーに取り上げ、問題点を共有する為の ワーキングペーパーであります。公的機関を含む他のセクターへの提言、請願、上奏、不特定多数への拡散を目的としたものではありません。転用を禁止します。 取り上げる内容については、成熟した定説を取り上げるのではなく、早熟なテーマを取り上げるため、後から検証すると拙速な結論になってしまっていることもあります。 そう言った事を十分にご理解したうえで、ご参考にしていただきますようお願い申し上げます。

地理情報デジタル化と宅建業務

〈2021年2月10日〉

昭和の戦後の話である。ラジオ卸商というビジネスプレーヤーがい た。ラジオが生活インフラの時代、今から考えるとおかしな話だ が、このラジオのチャンネル合わせいわゆるチューニングが難し く、売るだけでなく専門技術のサービス提供が求められた時代だ。 同じように昔は電球の取り換えも電気屋の仕事であった。電球の取 り換えの技術的サービスが必要と考えられていた時代である。

  さて現在、ラジオのチャンネルの専門職はいらない。カーラジオで すら勝手に日本中にある放送局を探しに行く。電球の取り換えも素 人が行う。この差は専門職の技術が普及し、一般にコンビニで陳列 棚に並べて売られる一般商品(コモディティ)化していく、いわゆ る社会の進化である。この進化をコモディティ化という。

  特に最近コモディティ化が進み、多くの専門職が姿を消しつつあ る。例えば建築・電材資材の専門卸は数十万点以上のアイテム扱 い、これをオンライン化することは不可能とされていた。しかしデ ジタル化により、CPUの計算能力、記憶媒体の能力次第で無限の商 品の組み合わせが可能になり、その関連性知識もすべてパソコン上 でできてしまう。

  コモディティ化は決して悪いことではない。技術、製品が進化し、 社会が蓄積する知識・経験が進化し、高度な専門知識を要するとさ れていたことが、手軽に流通することである。まさに社会の進化を 意味し、望まれることでもある。そしてそれはビジネスの新陳代謝 を促す。

  Amazonの登場で、市場から姿を消したビジネスはどれだけあろう か?それも大きな意味で社会の新陳代謝であり、なくなるビジネス には、やはり無くなるだけの理由があり、それが社会の進化であ る。いわゆる士業と呼ばれる、税理士、弁護士もデジタル化で仕事 内容が大きく変わり、その変化についていけない士は職を失うとい われている。

  さて表題の宅建業であるが、ここ数年前から宅建業者のことを宅建 士と呼ぶようになった。名前からして、コモディ化に自ら近づいた ことになる。

  不動産の売買は現在、極めて専門性の高い民法、税務、建築法、都 市計画法、業法の知識を幅広く要する専門職とされている。しかし 一方で、不動産オークションなどのビジネスに対する関心が高く、 いわゆる不動産売買にコモディティ化へのニーズが高まってきてい るわけだ。宅建の資格を有する専門職が対面で説明を要していた契 約業務が、リモート化しつつあるのも、コモディティ化に拍車をか けるだろう。

  一方で日本のデジタル化は、すでに皆がお気づきだろうことである が、世界の趨勢から見ても決して進んでいるとは言えない。そして そのデジタル化を進めると宣言しただけで、新しく発足した内閣の イメージがアップするほど、社会のデジタル化は国民が待望すると ころともなっている。

  不動産ビジネスに求められるデジタル化は何か?対面説明を省くリ モートがデジタル化の本命なのか?もしそう考えるのならそれがデ ジタル音痴だ。

  マイナンバーカードがある。このナンバーにすべての個人情報を一 元管理化しようとする構想が以前からの課題である。医療情報か ら、納税情報、社会福祉情報、運転免許証情報などである。これら はすべて人の個人情報である。

  これに対して地理情報というのがある。これはある特定の空間スペ ースに地番などのナンバーをつけ、その関連する地理情報をすべて 集約するものだ。現実に、建築基準の容積、用途制限などが、地番 からデータベース的に検索できる自治体がすでに多くある。

  現状、地理情報のデジタル化は自治体によって差がある。名古屋市 などは都市計画用途制限の証明書を発行するところまで進んでい る。しかしさらに必要な子細な条文に関する建築制限、生活インフ ラ、既存構造物などの閲覧図面などのデジタル化はどこもできてい ない。

  アメリカの不動産に関する研究論文には、犯罪など社会現象が地価 に及ぼす影響の研究を見かける。これは犯罪情報が地理情報で把握 できることを意味している。日本では絶対に公表されない。しかし その一方で社会的心理瑕疵がしばしば裁判の争点となっている。

  宅建業法では業法35条に基づき、売買をする消費者に、60以上 にも上る法令から、その法令に定める条文を読み解き、当該売買不 動産に関連する法令を見つけ出し、重要事項説明書として文章化し て相手方に宅建士の承認した文章として渡す。

  実はこの関係法令が、ここ最近急増している。30年、40年以上 も前にとった宅建の資格と比べるとおそらく3倍、4倍となってい る。例えば、多発する災害、水害に関する法令はその概念化から公 布施行が非常に短くしかも多義にわたっている。

  しかもこれは宅建士だけではない。同じ関連の建築士も同じだ。免 許更新ごとに皆が悲鳴を上げている。他の分野を見てみても弁護 士、税理士など、全く節度がなくは変化し続けている商法関連のビ ジネスも大変だ。

  業務妨害をするつもりはないが、建築士、宅建士、弁護士、税理士 で60歳以上の大御所は、現場ではほとんど役に立たない。役に立 たないという意味は、調べなくても理解しているか、調べなくては 理解できないかの違いだ。ある知人の一級建築士が、今の法令をす べて網羅することが要求される資格は、私の年代(70歳)では非 常に負担だといっていた。変化に応じて過去の知識をリライトする ことは非常に大きな負担となる。

  話は脱線するが、商法、建築法、都市計画、税法などは、条文自体 こそは変わらないが、その施行令、特則、措置法などを通じて大き く変わってきている。これは社会の変化の反映として理解できる が、しかし民法は変わらない。戦前の借地借家法がいまだに社会の 楔となっている。フランスではナポレオン法がいまだに存在してい るらしい。変わらないのが民法のポリシーらしい。理解しがたい。

  さて、宅建に話を戻すが、宅建士の業務は、この法令の検索業務で ある重要事項説明書(以下重説)の作成にほとんどのエネルギーが つぎ込まれる。監督区行政庁に持ち込まれる苦情のトップも、この 重説に関するもだといわれている。そして訴訟沙汰になるのもこの 重要事項説明書関連のようだ。そこまで考えると制度設計の問題と なる。

  恣意的な解釈といわれるかもしれないが、不動産の売買で不利益を こうむり、裁判を起こすのは通常買い手である。しかし、多くのケ ース瑕疵担保を負わない売買契約条項で売主が守られ、売り主を相 手の損害賠償ができないことが多い。

  そこで買主の弁護士が、宅建士の説明つまり重要事項説明書に難癖 をつけて損害賠償を引き出す。これが司法的消費者の救済方法とな ってしまっている。買った不動産に瑕疵があったことにより損害が あったが、契約上売り主を責められないから、瑕疵があることをう まく説明しなかった仲介業者にその損害をすべて負わす手法だ。

  先の愛知県の法定研修で、講師を務めた株式会社ときそうの吉野氏 によると、重要事項の裁判トラブルのうち、不動産表示に関するも のが全体の14%、生活関連施設の説明に関するものが19%、法令 上の制限に関するものが29%であると説明されている。

  残念なことであるが、このような司法制度では、宅建士は本当に顧 客に必要な様々な有益な選択肢を提供するサービス業務より、裁判 から身を守る保身しかやれていない。

  大手不動産会社が作る売買契約書、重説を見ると驚く。顧客である 売り手を守る、買い手を守る契約書とは凡そいいがたい。何があっ ても、仲介業である自分には一切責めはないよということを連記し ている内容だ。それに印鑑を押させるのである。

  話がどんどんそれていくが、このような状況でなおかつ、関係法令 が次々と新しく更新され、新設され、確認業務が増えている。最近 では消防法まで免許更新の法廷研修に登場してきている。その一方 で不正確な地理的情報の整備が放置されている自治体があるのも現 実だ。

  宅建士の業務が、地理情報として法令に関する情報の拾い出しおよ び、その隠れた瑕疵(自治体の地理情報の不正確からくる瑕疵)が 法的に自分に跳ね返らないようにする保身努力に、全エネルギーが 注がれているのが現状である。

  すべての関係法令、さらにその先の条文に至るまでの地理的情報 が、すべて高度にデジタル化されて、高度な専門職である宅建士で しか検索できないものではなく、誰でもが自分の地番さえ入力すれ ばすべての情報を得られるような状況になれば、不動産と取引のコ モディティ化が可能となる。

  不動産取引のリモート化で、宅建士の価値が下がるのではないかと いう懸念が業界にある。反対に、そのようなコモディティ化が進む 中でこそ、リアルな対面のビジネスに価値が出てくると考える業者 もいる。

  デジタル化が進めば、地理情報の検索結果の説明だけならリモート でも充分である。宅建士もいらない。しかしその一方で顧客の本当 のニーズを引き出し、ほんとに最適なソリューションを見つけるカ スタマナイズは、対面などによる付加価値の高いビジネスとなる。 本来不動産ビジネスが求めるのは、そこであるはずだ。

  「いかに多くの判例、法令を他の弁護士より多く記憶しており、素 早く知識を披露できるか、が弁護士の能力の時代ではないだろう。 今や関連法令、判例はデータベースで検索でき、最適な解を導き出 すのに弁護士の能力差はないはずだ。もっと多くの選択肢をクライ アントにサービスできるかが問われているのではないか?」と友人 の弁護士に聞いてみた。

  間違ってはいないが、飛躍しすぎだと怒られてしまった。そもそも 弁護士には、知っている法令判例の量を求められているのではな い。かといってデータベースがあるから最適な解が見いだせるわけ でもない。ほんとに必要な選択肢を見つけることが重要で、機械的 に選択肢の提供をするわけでもない。とのことである。生き残る士 業の解答が見えたような気がする。

  昨今のコロナ禍救済対策で、様々な給付金の配布でもデジタル化の 必要性が明らかになった。菅内閣発足の期待も、まさにデジタル化 で始まった。人的情報のマイナンバー同様、地理・地理履歴情報の デジタル化は社会ニーズである。

  ある公的な役人に聞いてみた。なぜ公共情報のデジタル化が進まな いのか?デジタル情報が公文化すると、それに責任が出てくる。今 まで曖昧にしてきたミスなどが公にさらされてしまう。従来のお役 所仕事にとって不都合がありそれを嫌がることもあるようだ。

  ちなみに、役所のHP上の公開情報には、往々にして、情報に基づ く責任は一切負わないことを同意して初めて利用できるケースが多 い。デジタルだろうが、文章だろうが、非公開情報だろうが、瑕疵 があれば責任を取るのが社会の信頼である。公でも民でも、責任を 追及すれば間違わないように努力もするが、見逃せば永久に間違い を正そうとはしないだろう。

  地理情報のデジタル化が進めば、従来の不動産ビジネスがコモディ ティ化し、一部の不動産業者は職を失うだろう。それを理由にデジ タル化を進めないのも本末転倒である。新陳代謝のない市場こそつ ぶれてしまう。不都合な役所の事情を守るためにデジタル化を遅ら すことも言語道断だ。日本のデジタル化の周回遅れは世界の高齢化 対策に逆行している。

  地理的情報のデジタル整備は、マイナンバー制度と同様に、高齢化 社会で、2000兆円にも上るリアルな日本の国富である不動産資産 有効利用活性化、健全なエコシステムの保全に必要不可欠なインフ ラでもある。

  蛇足ばかりになるが、不動産売買の重要事項説明書は、業界では通 常売り主側不動産業者が作成するとされてきた。これは売り側サイ ドの情報が重要視されていたからだ。しかし裁判になるケースはほ とんどが、消費者保護の観点から買主の目的が達成できるかできな いかが争点となる。

  現行制度では、買主、売り主双方代理は基本的に排除されている。 売り主側、買主側両方に業者がいれば、当然そこに情報の非対称が 生まれる。裁判で情報の非対称がどれだけ考量されてるか疑問であ る。

  買主、売り主の仲介業者はそれぞれ依頼主の利益を代表する。一方 は高く値付けしたいし、他方は安く値付けしたい。当然そこには情 報の非対称性が生まれ、情報の完備シェアはありえない。仲介の制 度設計自体がこうなっている。

  そうでなくても社会には必ず情報の非対称性がある。情報完備は理 論上でしかない。しかし買主の情報を100%満足して消費者保護が 求められ、対価をもらう以上それが宅建士の業務責任のように解釈 されている。

  ならば買主側の業者のみを宅建業法の仲介業者とし、初めからイン スペクションなどの調査費コストを買主が負担し、買主のカスタマ ナイズした条件を満たすかどうか絶対的に確認した前提でしか売買 仲介はできない、その場合、売り主側は単なるデジタル媒体になる であろう。

  情報の完備が前提なら、買い手のみの仲介代理か双方代理が前提と なるべきである。

 

名古屋ビジネス情報地理情報宅建士重説デジタル化