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主筆:川津昌作
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インスペクションと宅建取引

〈2020年2月10日〉

百貨店から人が去ってしまった。人類社会の将来に立ちはだかる難 題が、経済格差、若者の貧困、少子高齢化、貿易摩擦、イデオロギ ーの衝突、民族紛争から地球温暖化問題、食糧問題、そして今回の ウイルス災禍まで広がり、しかもそれが遠い将来ではなく、明日突 然顕在化するかもしれないことを理解しなければならないのか?

平成30年より中古住宅などの不動産売買において、宅建業者によ る不動産の売主、買主に対するインスペクション(物件状況調査) の斡旋の有無を契約書および、重要事項説明書に明記することが義 務付けられている。宅建業者は斡旋をしろと言うことである。

物件状況調査とは中古住宅などの傷み具合を調査し、隠れた瑕疵と 呼ばれていた不透明な部分の低減を目指し、買主・売主間で後から トラブルにならないようにしようとするものである。ここへきて、 不動産学会においても関連の論文が採択されるなど、インスペクシ ョンに対する関心が高まっている。

インスペクション自体、市場の信用を高めるものであり、信用格付 けの一つである。このような制度が正しい知識で運用され、不動産 取引市場の信用が強化されることを望むばかりである。

しかし、今回の結論としては、市場の信用はインスペクションの整 備だけで担保されるものではない。過度の期待は、流通コストの積 み増しにしかならない。したがって、すべての参加者の貢献によっ て市場の信頼創造がなされなくてはならないということである。

その一方で、このシステムの運用が議論されるにいたる過程におい て、一部有識者の間で、宅建業者が取引の成立による手数料を優先 し、その取引成立の妨げともなりえるインスペクション(物件状況 調査)の斡旋を回避してきたという説明がなされることがある。こ れも踏まえて、今回は、インスペクションに対する本来の市場ニー ズを議論してみたい。

確かに、市場において、宅建業者が取引の成立を優先する行為が多 くみられるのは事実である。しかしそれは取引業者が市場の円滑な 流通取引に責任があるからである。結果としてそれに伴う報酬もイ ンセンティブになるのは事実である。

瑕疵の問題を取り扱う弁護士などは、そればかり問題視すればいい かもしれないが、少しでも将来、取引信用を傷つける問題に発展し そうな瑕疵が予想される物件を、すべてネガティブな取引にしてし まい流通を止めてしまってもいいのか? 誰が流通経済の責任を取 るのかと言うことになる。

日本では「悪いものを悪い。」と連呼すると、市場で信用を無く す。そんなビジネスプレイヤーは市場で重用されなくなる。「悪い ものをそんなに悪くないよ。」と表現する者が信用され重用され る。これが日本人の「美徳」である。

日本の不動産取引においても、この「日本人の美徳」が忖度され続 けてきたことが事実である。それが市場で信用を勝ち取り、重用さ れ、流通を促進させ、流通に責任を持つことにつながってきた。

しかしこの日本人の美徳に対する忖度は、様々な瑕疵に関する問題 を社会に顕在化させて、社会問題化している。昨今、それが逆に市 場の信用を失い、流通の妨げともなってきている。

本来ならばこの日本人の美徳に対する忖度を不動産取引から排除 し、本来あるべき取引の成立に努力すべきではあるが、50年以上 の歴史を持つ現行の不動産取引慣習はなかなか修正できない。

そこで、物件の瑕疵をより深く調査、告知する必要性が市場で出て きた。これがインスペクション制度の時代背景である。ちなみに今 年の4月からは民法が大幅に改正され、「瑕疵」と言う概念自体が 「契約不適合」と言う概念に置き換わる。

「契約不適合」の議論は大きすぎるため、また次回に譲るとして、 インスペクションが必要な状況下で、宅建業者がすすんで斡旋しな くてはならないと言う宅建業法の改正に舵を取った。

この背景には、冒頭の業者がこのインスペクションをしたがらない という事実があるのも事実である。しかしこれは冒頭の業者が手数 料欲しさではなく、現時点のインスペクションに信頼が置けないか らである。

インスペクション制度のニーズは、日本人の美徳に対する忖度の弊 害にあった、とすると、このインスペクションは「悪いものを悪 い」と明確にすることが求められる事になる。つまり日本人の美徳 に対する反逆行為である。

例えば、一昔前のインスペクションを見ると、20年もたったエア コンの室外機が錆びだらけになっている状況を写真に撮り「写真の 通り相当の経年劣化がみられる」と言う説明を記名してあるだけで ある。

つまり、インスペクション業務自体が日本人の美徳を忖度した内容 になってしまっている。こんなのは屋上屋であり、それを売主買主 に斡旋すること自体プロとしてあるまじき行為となる。これが信用 されてこなかった要因だ。

ではインスペクション業者とはどういう立場か?中立な立場である が、取引行為においては依頼者からお金である対価をもらって、調 査をする。その一方で日本人の美徳を否定する悪者に徹しなくては ならないというジレンマがある。

これは簡単な問題ではない。歴史的に見てサブプライム住宅ローン バブルに起因した金融危機も、サブプライムローン証券関連のデリ バティブ金融商品に対する信用格付けの不正があった。お金を出す 格付け依頼者を忖度したのである。その前にもエンロン事件と言う 非常に大きな不正があったが、この時も格付け機関の不正があっ た。

ちなみに、サブプライム住宅ローンに起因するリーマンショックで は、多くの住宅購入者をどん底に貶めたにも拘わらず、金融関係者 の逮捕者がほとんどいなかった中で、唯一逮捕者を出したのが信用 格付け業者であった。信用格付けの不正である。

「良いものを良い。悪ものを悪い。」と言う評価は、商取引では歪 められることがある。それを防止するための信用格付けが市場の信 用インフラとして機能しなくてはならない。信用格付けの精度は市 場の信用どのバロメーターでもある。

不動産市場においても、信用格付けであるインスペクションの法的 仕組みができたわけだ。しかしまだまだ未熟な制度仕組みでもあ る。稚拙なインスペクション技術、コミュニケーション不足で「そ もそも瑕疵を隠す取引業者が悪い。」というような責任のなすり付 けをする懸念は十分にある。

古い旧型の住宅設備、そもそも住宅を美化することなく「環境負荷 が悪く、新しい入居者は取り換える必要がある。」とばかりに切り 捨てるような状況調査ができる技術、信用こそが、市場が要求して いるのである。

正しい信用格付けは、健全な流通をエンハンスするとは言うけど も、使い方を間違えると流通の妨げともなり非常に難しい。それだ けに市場では非常に重要なインフラである。これに応える信用され る調査技術なくして、法整備されただけでは、単なる添付書類の増 加、流通コストの増加でしかない。

以上

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