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沖積層に住むのが悪い?

〈2019年10月25日〉

今年も、甚大な水害が日本列島を何度も襲ってきた。災禍に会われ た方々にお見舞い申し上げます。前回号でも取り上げたが、科学雑 誌ネイチャー誌の「海が変わった“SEA CHANGE”」の指摘が、今後 ますます脅威にさらされることを物語っている。

温暖化で海水温が上昇し、海上でたっぷり水分を吸い込んだ大気が 人間社会に集中豪雨となって襲いかかって来ている。「え、千曲川 が氾濫?」と疑問に思う以前に、台風の通り道となったところはど こでも大災害になる可能性があることを認めなくてはならない。

その一方で、この時期、大きな水害が起きるたびにステレオタイプ で「沖積層」悪者論が登場する。確かに沖積層には問題がある。水 害が大災害化ししかも頻繁に起きるようになったのは最近である が、最近になって急に人が沖積層に生活の拠点を広げたわけではな い。歴史を見る限り、すでに400年以上まえから沖積層を生活の主 体の場としてきた。

最近になって、台風シーズンに水害が甚大化しだしたのは、本来は 地球温暖化に原因があるはずだ。にもかかわらず今をもって沖積層 悪者論が幅を利かせている。悪者論にすることによってむしろ本質 的な環境問題などが論じられない。水害の本質的な問題を議論する ために、人と沖積層のかかわりを歴史から見直してみたい。

ここから先は藤田達生著「藩とは何か」中央公論新書を引用する。 藤田氏の著によれば人間社会が沖積層エリアに主な生活のエリアと して進出したのが、信長、秀吉の安土桃山時代以降、徳川江戸幕府 と共に始まり、実際には江戸中期以降と言うことになる。このター ニングポイントにいったい何があったのか?

言うまでもなく、織田信長、豊臣秀吉の時代は戦国時代であり、領 地の戦時行政府は洪積層に設置された山城にあった。これは当然河 川による堆積物が広がった沖積層ではない。戦争に強い山城は、難 攻不落の山の上、水攻めなどにも強い丘の上などにあり、当然生活 拠点もこれに付随した。

信長の天下統一の夢は、東の静岡、甲府から西の大阪、丹波あたり でまででとん挫した。その後秀吉の代になり東の陸奥から西の九州 まで天下統一がなされた。この戦国の世は、戦争で他の領地・経済 を奪い、武勲のあった家臣に分け与える、つまり戦争略奪により領 地を増し経済規模を成長させる戦争経済である。

しかし豊臣秀吉の時代になり天下が統一されると、略奪する新たな 領地がなくなり、経済成長が行き詰ることになる。その結果、当時 大陸が混乱していた朝鮮半島出兵と言う選択肢が実行されたとされ ている。

しかし朝鮮半島出兵という経済成長モデルが、効果がないという見 通しと共に、豊臣政権が揺らぎ始める。紆余曲折の結果的に、天下 分け目の戦い、大阪城陥落を経て徳川政権が登場することになる。

徳川政権時代になると、大陸で清が成立して朝鮮半島も安定しだ す。海外に成長の源を求めることができなくなる。徳川政権の成長 モデルが戦争略奪モデルを使えないことは明白であった。そこで江 戸幕府が進めた政策が「藩政」であった。

藩政とは、中央政府つまり江戸幕府が領地である地域エリアの治世 をするために、行政官を指名して行政をさせる藩行政統治である。 この藩政を託す行政官に、関ケ原の合戦その後の大阪城責めを通じ て徳川政権に忠義を誓った譜代・外様の大名たち家臣軍団である。

もちろん、信長・秀吉の時代から藩はあった。しかし戦時経済社会 では、戦争の結果功績のあった家臣に与えられた領地であり、自分 の功績で奪い取った自分の領地と言う意味合いが強かった。

しかも社会の成長エンジンが戦争略奪経済であったため、領地に行 政を施し収める仕組みはなく、ただ山城にこもり戦争に備えること が治世であった。この時代の藩と江戸幕府が行った藩政とは区別す る必要がある。

江戸徳川時代になると、戦争略奪経済が終焉する。これに代って石 高を増やす経済成長モデルが必要になる。特に江戸時代の中期、天 下太平の時代になると武勲により忠義に答える評価システムはなく なる。むしろ一揆、騒じょう謀反のない安定した経済成長を通じ て、幕府に忠義を示すことが評価となってくる。

そして藩を収める藩主のほとんどが、中央政府である江戸幕府から 任命された者である。中世以来江戸時代に至るに、維持できた藩は 九州の島津・鍋島他、奥羽の津軽・南部、北海道の松前藩などに限 られる。これらはいずれも、琉球、蝦夷など外敵に備える必要があ る外生的な要所であった。

江戸幕府400年を見ても譜代の井伊家、外様の藤堂家が国替え改易 を免れた数少ない大名であった。それ以外は国替え、改易を通じて ほとんどが中央政府の江戸幕府が任命した新たな領主が藩主となり 藩政を施した。中には10回以上国替えが行われた藩主もいた。

農機具から掛け軸などの藩財産がそのまま残され、見回り品・家臣 団だけで新しい赴任藩に赴いたそうだ。そこで藩主は優れた戦国武 士ではなく行政官を求められた。十分な行政統治ができず、あるい は領民の人望を得られず騒じょうを引き起こす藩主はすぐに改易さ れた。この度重なる国替え、改易を通じて、藩主は領地を所有する 領主ではなく、幕府から藩を預かる藩主(行政監理官)と性格を変 えていった。

藩主は赴任先で、戦争経済から農業経済への移行を施し、藩主の庁 舎である城も洪積層の山城から、平城へと移転し、出城を廃止しす べて家臣を本拠地に集約し中央集権制度を施したのである。そして 沖積層に広がる広大な土地を開拓し農地を拡大し、石高の成長を目 指した。TVドラマ水戸黄門に出てくる情景がまさにそうだろう。

街道交通の要所に平城を構え直し、家臣、商人、農民の住み分け、 つまりゾーニングを計画し、農業灌漑、街道整備などの巨大公共事 業ラッシュが江戸初期から中期にかけて起きたわけだ。この藩政度 が全国的に完成していくのが江戸中期に入ってのこととされる。

つまり沖積層への進出は、一部の人の身勝手な行動ではなく、中央 政府主導の藩政に基づいて官主導でなされ、戦時土木技術を使い治 水、灌漑技術などを適切に行いながら、経済成長を目指す社会のビ ジネスモデルであったわけだ。

藤田著では、現在の三重県津・伊勢・伊賀に居をかまえた藤堂家の 藩政制度、今の街づくりを仔細に解説してある。今でこそ、三重県 津市は陸の孤島と呼ばれ交通の至便さが見劣りするが、当時は家康 の伊賀越えに象徴される、西国の要所であった。

この地に外様ながら家康、秀忠の信頼を得た藤堂家が、国替えで新 たな藩を起こす。現在のにわか災害有識者がもっとも忌み嫌ういわ ゆる河川の要所である「津」に、それまでの洪積層の山城を廃止し

岩田川、安濃川で形成された安濃津、いわゆる扇状地である。山城 の名張城などを整理し藩庁として新たに津城を新築し、城下町、門 前町を整備し大規模なゾーニングを行なった。伊勢、大和に至る街 道を整備し現在の県庁所在地津市の原型を作ったのである。

最近のにわか沖積層悪者論者からすると、開村以来500年近くたっ て大水害が無かったこと自体、運が良かっただけで、そもそもこん な津に街を開いたことが間違いであり、災害にあっても自業自得と 言うことになるのだろう。

織豊時代の藩制度から、徳川江戸幕府の藩政改革はまさに日本の近 代経済への大改革であった。運が良かったから社会が成長したので はなく、当然、当時なりの治水の概念があり、それなりに適切な処 置がなされ、治水との戦いが社会経済の成長につながってきたはず だ。そして何よりも、沖積層に居をかまえる事自体は必然性があっ たわけだ。

しかし現在は、非常に高い経済成長を人々が要求し続けている。官 によるハザードマップにて注意が喚起されているが、災害耐性・治 水技術が追い付いていないのが現状だ。地域のエゴもあるだろう。 人々の治水に対する理解も足りない。しかし藩主導の賢い対策が求 められる。

先般の読売新聞の記事では。台風19号時に東京江東5区最大250 万人の避難計画が実施されようとしたようだ。いろんな意味で様々 な災害耐性・減災技術の開発が求められている。そして何よりも気 候温暖化対策が求められる。

Nature記事“SEA CHANGE”より、「海が変わってしまった」。酸性 度が高まって酸っぱくなっている。当然海の生物に与える影響大き く、海洋生物が生きにくい環境になってしまったとしている。それ だけではない。

従来、海は多くの生物(人にとっては食物)を育み、大きな気候変 動を吸収する、地球の生態系を安定化させる非常に大きな機能を果 たしてきた。

しかし今、酸性度が高まり食物連鎖を破壊し始め、酸性度の高い水 分を陸上の人間社会に還流させ、更に水温が高まり直接的に巨大な 台風を発生させる等リアルに人間生活に脅威をもたらしはじめた。 海に溶け込んだマイクロプラスティック等汚染が大気圏を通じて人 間社会に押し戻し脅威となっている。

本来地球を育んできた海を、長い時間人間が汚染し続けてきた。今 海から人間社会への反攻が始まっている。海は今や、人間社会にと って脅威をはぐくむ源となってしまった。

さて今年もノーベル賞ウイークがやってきた。めでたく日本人が受 賞することができた。そしてノーベル経済学賞が、貧困問題の解決 の貢献した研究者にスポットをあてた。残念だが小職にして論文は 読んだことがない。と言うか、やはり日本では貧困問題と言うとど うしても他所の話のような距離感がある。対象の実証研究もケニア が舞台となっている。

今回はこの距離感がどのようなものかを議論してみたい。冒頭の環 境問題にしても、最近世界中で大きな問題となっている貧困問題、 社会格差、民族問題等は、どうしても「日本は、識字率が高いか ら、高学歴だから、礼節があるから“特別だから大丈夫論”」が正 当化される故に、むしろタブー視しされ、議論がなおざりになる社 会問題である。

「日本人は清潔で、街も十分に綺麗」という都市伝説は、どうした ら日本の都市をもっと綺麗にできるかという議論の妨げになる。日 本よりきれいな都市はいくらでもある。旅行ブックで観光客が立ち 入らないように説明があるドラックなどのイメージがあるエリアに 行くと、たばこの吸い殻などが落ちている。

しかし日本では、普通にどこにでもたばこの吸い殻が落ちている。 日本中が立ち入ってはいけない危ないエリアということになる。 「日本はきれい」と言う都市伝説がある限りこの議論は進まない。 と同じである。日本人は高学歴である、欧米に比べて礼節が高い、 という都市伝説が貧困の議論に距離を置いてしまう。

ちなみに、日本の貧困研究の論文を覗いてみると、まず、日本の貧 困の状況は、貧困の原因の格差の広がりが落ちつてむしろ縮まって いる。これは全体的に所得が下がり特定の所得の低下が希薄してい るそうだ。そして新たな貧困の要因に離婚女性がある。(「高齢期の 新たな相対的貧困リスク」山田篤裕)

次に貧困政策の重要な所得再分配が異世代間で行われている。つま り若い世代から高齢化世代への移転である。同じ世代間での再分配 がなされていない。これは若い世代の貧困対策がなされていないこ とにつながっている。(「2000年代前半の貧困化傾向と再分配政 策」小塩隆士他)

TV映像を見ていると、ヨーロッパで生じているデモには若い世代 の参加が多い。日本ではデモも少ないが、若者が主体となるデモも 少ない。では、ヨーロッパの若者は暇なのだろうか?スマホゲーム よりデモの方が好きなのだろうか?日本の若者との違いは?

日本でも非正規労働に従事している若者が多くなってきている。彼 らは、確かに将来に対する夢はないかもしれないが、今は決して困 窮しているわけではない。月15万で年間200万円の所得があれば 表面上は正社員と同じTVを見て、ゲームを行い、ユニクロのファ ッションを楽しめられる。

直接デモに参加して生活困窮を訴える必要はない。何よりも仕事を 選べる選択肢があり、生活に切迫した窮屈感はない。しかし、若い 世代の非正規就労の低所得者は、残念なことに年を重ねてもそのま ま低所得が改善されることがない。そして非正規の職も選択肢がな くなりはじめ、やがて本格的な困窮となり、切迫した窮屈感が出て くることになる。

今まだ、低所得をそれほど感じない若い世代が、今後5年先、10 年先になりと、社会に大きく不満を持つ人たちが今以上に増え、ヨ ーロッパのように、貧困、格差、差別を根源的な理由とするデモン ストレーションが増幅する。そしてグローバル社会でなくナショナ リズムファーストの要求がたかまる。これは貧困先進諸国の格差の 生成だ。

格差貧困が生まれる要因は諸説ある。しばらく前のトーマスピケの 新資本論もそうだ。資本収益率が経済成長率より高くなる現象だ。 資本を持てる者がますます富め、持てない者はますます貧する。

グローバル経済のおかげで、資本財が安くなったことによって資本 収益率が高くなったという説もある。IT革命のより生産性の向上 志向が、一部アナグロ仕事に従事する正社員を非正規に追いやり、 貧困層が拡大したと言う説もある。中産階級の貧困層への没落がポ ピュリズムの拡大の要因でもある。

筆者が上げている要因はエクイティビジネスのイノベーションが 1980年以降多く生まれた。ブランディングなどの資本に価値を蓄 積するビジネスの革新的な進化が起きた一方で、資産収益率、労働 者所得に関するイノベーションが生まれていない点である。

技術革新等が起きると一時的に排除される正社員層が生じる。それ が既存の中産階級が貧困層に格下げする要因でもある。一番疑問に 感じるのが「高齢化社会に対処するための生産性向上」である。学 者が言う生産性の向上は、今いる労働者が全員1.5倍の労働成果を あげれば、生産人口が7割に減っても問題ないという考えである。

しかし実務で生産性をあげようとすると、一部の正社員を非正規に して賃金を抑え、また一部の質の高い正社員に報酬を高めて、より 高い成果を求めることになる。結果的に格差が広がり、一部正社員 は貧困層に格下げされ、一部正社員は高級外車を乗り回すことにな る。このような生産性向上こそが格差経済の元凶ともなう。

いずれにしても、今の日本だけ見て、日本における貧困問題の軽視 は間違っている。今の将来の夢を語れないが困窮まではいっていな い非正規社員の若者が、今後年を重ねるにしたがって、今ヨーロッ パで起きている以上にデモ、騒じょうを通じて不満が顕在化してく る社会になることは間違いない。

ヨーロッパの貧困の特徴を見ると、貧困問題は失業による貧困が原 因だけでではない。仕事があって忙しいがそれでも最低所得水準に 達しない問題がある。仕事をしても貧困から抜け出せられない不満 が社会にたまる。

以上 以下蛇足

理論的に言えば貧困は一つの長期停滞均衡状態である。何か大きな 失敗をしたわけではないが、ある一定のパターンにはまるとそこに 陥ってしまう。一度陥ると抜け出せられないのが今の社会の現実で ある。極端なことを言えば、社会の何割かが必ずこの均衡にいるな ら、この均衡をぶち破り、若者が貧困から脱することができる社会 が必要になる。

それは何か?炎上覚悟で言えば、一獲千金のような人生を容認する 社会である。例えばアメリカのサブプライムローンのようなラテン のビジネスモデルである。現代の貧困の特徴が、まじめにコツコツ とやっている人が陥る均衡であるなら、均衡を破壊するエネルギー が必要になる(MMT的発想。)。

以上

貧困若者名古屋ビジネス情報