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主宰:川津商事株式会社
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不動産ビジネス必読の論文

〈2018年9月1日〉

不動産ビジネスに携わる人、あるいは不動産経済を論評する人に必 ず知っておいていただきたい論文がある。今回はその要約紹介及び 弊社の考えを紹介しよう。

吉田二郎氏の博士論文 “Technology Shocks and Asset Price Dynamics:The Role of Housing in General Equilibrium”であ る。尚この論文は2007年AREUEA(米国不動産都市経済学会)の最 優秀博士論文賞になった論文である。

論文を読んで一番印象深いポイントは、日本の住宅所有者が保有す る資産をリスクのある株などに投資すことをせず、リスクのない預 貯金に預けることは、きわめて合理的な行動である。国が進める 「預貯金から投資へ」という政策は、今の状況で日本の住宅保有者 に多大なリスクにさらす極めてゆがんだ政策である。としている点 である。

今の日本経済の構造的問題の根幹を説明できる論文である。

英文で読みたい方は、論文名で検索すれば、いずれかの検索でダウ ンロードできる。日本語では、2008年に吉田氏がこの博士論文を 不動産証券化協会で講演した寄稿分「ファイナンスにおける不動産 の意味」ARES 2008March-Aprilがある。 https://www.ares.or.jp/publication/pdf/ares_32.pdf?open=1

学会の学術論文である故、読み慣れていない方には難しい。ARES の寄稿文でも、一般の方には難しいかもしれない。できるだけ、わ かりやすく紹介するつもりだが、どうしても弊社の考えのバイアス が入ってしまうことをご承知いただきたい。

論文はまず、OECD(上位30位の先進諸国クラブ)の住宅地供給の 弾力性が、株価等その他の資産価格とどのような相関関係を持つか という、まず先進諸国に共通する一般的理論を導き出している。弾 力性とは、価格の変動に対して制約なく土地供給がなされるという 意味である。

その理論では、OECD諸国では、住宅地が価格、需要に対してその 供給が弾力的であれば、住宅地価が株価などのその他の資産価格と の相関性は低い。しかし住宅地に供給に様々な市場制約があり、価 格、需要に対して相当な供給の動きがない場合、住宅地価格は株価 などの他の資産価格に対して相関性を持つ。ということを示してい る。

日本に限って言えば、住宅地価格は株価と強い相関性を持つ。現実 に住宅地を買いたいと言っている人で、その準備資金を株で運用し ている人は、なかなか住宅地を買えない。株価が高く資金が膨らみ 住宅を買いたいときは地価も高くて手が出せない。逆に地価が下落 しているときは、株価も下がり資産購入のモチベーションが下がっ てしまうパターンだ。

つまり日本の住宅地供給市場は、他のOECD諸国に比べてきわめて 多くの制約がある。住宅購入の重要な要因である住宅ローン金利 は、政策誘導補助がなされ、市場金利とギャップがある。借地借家 法などがあり、中古住宅の売買市場が存在していない。住宅ローン が人の終身所得を担保にしており、担保を外して売却がしにくい。 等々多くの制約がある。現実に中古住宅市場がないことが一番の制 約である。

このような日本において、住宅所有者が、所有の家を含めた他の保 有資金の最適な運用ポートフォリオを考えると、住宅地と強い相関 性がある株式で運用するとリスクが高くなりすぎる。最適なポート フォリオとはリスクを消しあう逆相関の資産の組み合わせとなる。

そこで住宅価格と相関性にない運用を探すと、預貯金になるわけ だ。したがって日本の住宅保有者が株式などの投資で資金を運用せ ず、預貯金で運用するのは極めて合理的な行動であるとしている。

政策的に、住宅所有者に株式投資を勧めるのは、所有する住宅地価 格の変動リスクを打ち消す資産ではない、むしろ相関する資産を持 たせることになり、さらに高いリスクにさらすことになる。

吉田氏の指摘は、株式投資が間違っていると言っているのではな い。しかし今の状況で株式投資は、住宅保有者のエクスポージャー を高めるだけだと指摘しているわけだ。

ここからが弊社の考えである。日本の住宅市場には制約があり、他 の資産価格と相関性がある。そんな日本の住宅保有者は、ポートフ ォリオで住宅価格の変動リスクを低くする術を持たない。常に高い リスクにさらされていることになる。

それは結果的に、住宅ビジネスに携わる市場参加者、あるいは政策 当局者にとっても、高いリスクにさらされることになる。そこで住 宅地価格に変動リスクをマネジメントする必要があった。

住宅地価格が変動し、住宅ローンの債務を下回ると債務超過にな る。日本では築15−20年で35年住宅ローンのほとんどが債務超過 になる。きわめて高いリスク資産になる。このリスクをヘッジする 方法が必要になる。

そもそも、住宅地が売買されずにほとんど一生所有されれば、期中 の価格変動リスクは関係なくなる。借地借家法で住宅地の流動性を 低くし、売買そのものを制約してしまう。その上でノンリコースロ ーンで生命保険をかけて、一生の終身所得で担保すれば債務超過が 顕在化することはなくなる。

日本の住宅は、経年価値がどんどん低くなる。しかしそれによっ て、住宅価値で担保されているはずの住宅ローン会社が債務超過に なるケースはない。日本は他に類を見ないきわめてバランスの取れ たリスク回避システムを作り上げているのである。

その結果、これらの制約が土地供給の弾力性を更にますます低く し、それによって他の資産価格との相関性が高くなり、それが住宅 保有者つまり家計部門の株価などの投資運用を避ける結果となって いる。

これは、もし日本の土地供給の制約が低く、住宅保有者が株式投資 などを行うことでリスクを自ら減らすことができれば、さらに住宅 に再投資をするなどさらに多くのリスクをとることができ、結果的 に住宅資産の経年劣化を防ぎ、アメリカのように中古住宅市場が活 性化し、空き家問題がなくなる。

この問題は、単なる住宅市場だけの問題ではなく、日本人の多くが 資金を預貯金で選考し、資金が銀行に集中し、過剰預金となった銀 行は無理に融資先を求め、効率の悪いゾンビと呼ばれる業績に悪い 企業にお金を貸し続け、供給過剰と言われるアパートローンをし続 けなくてはならない問題にまで言及できる。

日本だけでなく、先進諸国でなされてきた異次元の金融緩和和、そ もそも銀行にお金が滞留してしまい、使われないことが問題であっ た。そのためのヘリコプターでお金を巻こうかということになった わけだ。

しかし日本に限って言えば、借地借家法による市場の制約、銀行の 担保主義などによる供給制約による精緻なリスクヘッジが、住宅保 有者の資産を銀行にお金を集めて、出ていかない根本的な原因とな ってしまっている。

弊社の極論は、このようなシステムを撤廃して、土地供給の弾性値 を高めて、資金運用の構造的変化を即刻求めるわけではない。それ をすると革命ぐらいの社会・ビジネスの構造変革になると考えるか らだ。長い時間かけてやるならともかく、短期間ではあまりにもリ スクが高すぎる。政治的にこれを行える人もいないだろう。

しかし今の日本の経済構造の根本に、住宅市場の歪んだ構造問題が 大きく影響しているということは理解する必要がある。不動産経済 に関係する人は、一度は必ず読んでいただきたい論文である。

以上

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