
====[2009年3月15日]==
「名古屋の不動産何でも相談室」がお送りする
名古屋ビジネス情報
主宰 川津商事株式会社
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テーマ:前回のバブル論に反論をいただきました。
バブル破綻の処理は、その積み上げた過剰の投資資産の償却に要す る期間を要する。これが前回のニュースレターの内容であった。あ りがたい反論をいただきました。
今回のバブルは、2003年以降の東京、名古屋などの一部都心部にお けるホテルなどの商業施設であり、それだけであれば金額的にも、 規模的にもたいした金額ではないのではないか?それにもかかわら ずここまで大きな不景気に落ち込むことは他に要因があるのではな いかという反論をいただきました。
おっしゃるとおりと考えます。そこがバブルの定義の問題になるわ けです。バブルの範囲をどこまで設定するかによってその処方箋、 バブル破たん処理の期間が変わってくるわけです。
アメリカの今回の金融恐慌は、単なるサブプライムローンの積み上 げでは無く、レーガン大統領(1980年代)から始まった新自由主義 に裏付けられた「自由」の過剰な積み上げであると問題視している ゆえに、100年に一度の金融恐慌にまで発展するという危機感があ るわけです。
今回の日本の調整を単なる2002年以降の平成のいざなぎ景気超え によって積み上げられた過剰投資と見るか、それ以前の1998年以降 のデフレ経済からの脱却からの過剰投資なのか?1990年以降のバ ブル破たん処理がまだ続いているのか?はた又高度経済成長以降の 行政の肥大化した時代を意味しているのかによって、何が過剰で何 を償却しなくてはならないのかがまったく違ってきます。
いま日本の投資市場では、急速に一部のJ-REITに対する信頼性 が劣下し始めている。アメリカでは商業不動産の証券化であるCM BSの破綻が懸念されている。これらは両方とも商業不動産の証券 化を意味し、これらが始まったのが、アメリカで1990年初頭、日本 では1998年以降のものである。 そして今、日本で本当に償却しなくてはならないとされているのが、 公的部門である。中央政府、地方政府の肥大化した資産である。行 政の過剰投資とは、高度成長以降の積みましを指すことになります。 しかし郵貯の改革もその一環であったはずであるが、それすら遅遅 と進まない状況になってしまった。
世界中で公的部門の民営化が行き過ぎ、今後国有化に舵が取られ始 めているが、日本では国有化が削減することが無くそのまま又国有 化に突入しようとしている。
先般東京で行われた不動産関連のフォーラム(ユニコム主催)で著 名な識者がJREITの問題を取り上げていた。JREITの信頼 性が揺らいでいる不幸は、2000年以降5年間も好景気が続いたにも かかわらず、1980年代の地価水準すら回復できていないにもかかわ らず、バブル化してしまい、資金供給が止められ窮地に追い込まれ ている事だとしていた。
確かに地価水準がせめて1990年バブルの直前ぐらいまでの水準に 回復していれば、JREIT株の価値も、今回の危機を乗り越える だけの信頼性をもっと高めたはずである。JREITは企業、銀行 の余剰資産を見事に吸収して日本経済をデフレ経済から立ちなおら した。
JREITの社会的意義は改めて言うまでも無く、0金利政策下で 地銀の預金を健全に運用させ、企業の過剰資産を吸収し、健全な投 資市場の育成に貢献した。また証券市場に代替的な選択肢を与えそ の相乗効果が大なるものであった。
しかし、いまリファイナンスの資金の出し手が無く、その信頼性が 劣下しようとしている。フォーラムでも懸念されていたのが、一部 の私募ファンドファンドの行き詰まりがまるで前回バブルの住専問 題のようにとりあげられ、知識の無いマスコミの格好の餌食になっ てしまうことである。
話を戻そう。バブルはそれをどのように定義するかによって、つま り問題認識するかによってその破たん処理の範囲が変わってくる。 公的部門の過剰拡大の調整を市場が要求しているとしたらそれは 1980年代ごろからの過剰投資の償却を必要とするだろう。
反論をいただいたように、市場が要求する償却するものの規模が小 さく、単に海外からの金融不安の影響だけであり金融が早々に安定 してこれば、V字がた回復もありうる事になる。
本来償却しなくてはならない不良資産を隠すのが市場である。市場 は不良資産を小出ししてくる。日本は既にこのような市場の行動を 経験しているが、アメリカはまだそのことに気が付いていない。
最後に名古屋の話題。名古屋は懸念されるJREIT、私募ファン ドの餌食にそれほどなっていない。確かにファンドという名を使っ たところが行儀の悪い食い散らかしを行った業者がいたが、それら はほとんど名ばかりのファンドであり、本家本元ではない。
改めて感じることは、名古屋という市場はやはり異質な感じがする ことである。なぜ名古屋がリート、大規模私募ファンドから取り残 されたか?東京、大阪、福岡などの市場原理とは違ったイメージが つくづく感じられる。名古屋異質論はまたの機会に議論したい。
以上
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